2011年9月30日金曜日

Yo tengo sueños (I have a dreams)

Aunque no soy Martin Luther King Jr., tengo un sueño.

Google翻訳よりもexcite翻訳の方が使える翻訳なのか?たまたまなのか?

とある方のブログに触発されて自分の語学力を少しは改善しようかと思い、スペイン語で書いてみましたが、チェックしようとGoogleでやってみたら…何か違う気がする!?それでは他の翻訳サイトをと、exciteでやって納得いくスペイン語に。

Googleは面白翻訳向けって事なのか?

もう少し長文に挑戦しようと意気込んでたけど、”面白”で時間をくって疲れたので、今日はこのくらいで勘弁してやる(^^ゞ)

2011年9月28日水曜日

森の清掃と…

始まったばかりの家主の精米所での作業は、まださほど忙しくないため今日も午後から”森の番人”してた番人。

精米所前の写真は取り忘れ(T_T)
さて、比較できないのでどこがどう変わったか誰か気付いてくれるでしょうか?
茶室の周りには毬栗が時折ボタっと落ちて来ますので要注意。

番人は清掃中に肩口をかすめられました(^_^;)


実の小さなものばかりですが、今日も十個ほど収穫あり!



枯葉をどけたら腐葉土がお出まし。枯葉から出てたけど、たぶん毒?

清掃して”ヒト”にとっては”良い仕事”をした番人。”森”から「アンタ!なにすんの~!ウチらの食いもん何処へ持ってくの!悪い番人!」という声がしそう。

「腐海の森は世界を浄化してる」のか?「名ばかりの”森の番人”なんか嫌いだ!」とサンは言うだろうか?

 

    直きッチ制作でハシゴが新しくなりました。     
                     




2011年9月27日火曜日

LA COGIDA Y LA MUERTE

A las cinco de la tarde.
Eran las cinco en punto de la tarde.
Un niño trajo la blanca sábana
a las cinco de la tarde.
Una espuerta de cal ya prevenida
a las cinco de la tarde.
Lo demás era muerte y sólo muerte
a las cinco de la tarde.
El viento se llevó los algodones
a las cinco de la tarde.
Y el óxido sembró cristal y níquel
a las cinco de la tarde.
Ya luchan la paloma y el leopardo
a las cinco de la tarde.
Y un muslo con un asta desolada
a las cinco de la tarde.
Comenzaron los sones de bordón
a las cinco de la tarde.
Las campanas de arsénico y el humo
a las cinco de la tarde.
En las esquinas grupos de silencio
a las cinco de la tarde.
¡Y el toro solo corazón arriba!
a las cinco de la tarde.
Cuando el sudor de nieve fue llegando
a las cinco de la tarde
cuando la plaza se cubrió de yodo
a las cinco de la tarde,
la muerte puso huevos en la herida
a las cinco de la tarde.
A las cinco de la tarde.
A las cinco en Punto de la tarde.
Un ataúd con ruedas es la cama
a las cinco de la tarde.
Huesos y flautas suenan en su oído
a las cinco de la tarde.
El toro ya mugía por su frente
a las cinco de la tarde.
El cuarto se irisaba de agonía
a las cinco de la tarde.
A lo lejos ya viene la gangrena
a las cinco de la tarde.
Trompa de lirio por las verdes ingles
a las cinco de la tarde.
Las heridas quemaban como soles
a las cinco de la tarde,
y el gentío rompía las ventanas
a las cinco de la tarde.
A las cinco de la tarde.
¡Ay, qué terribles cinco de la tarde!
¡Eran las cinco en todos los relojes!
¡Eran las cinco en sombra de la tarde!
                           (Federico Garcia Lorca)

 「角突と死」   ガルシア・ロルカ

午後の五時だった
午後のちょうど五時だった
少年はもってきた 白い敷布
午後の五時
一籠の石灰 もう用意は出来た
午後の五時
のこるは死 死だけだった
午後の五時

風は綿花を吹きとばした
午後の五時
ガラスとニッケルの光ばらいまいた酸化物
午後の五時
今やもう闘っている 鳩と豹
午後の五時
腿には さびれた角がくいつき
午後の五時
低音の唸りがはじまる
午後の五時
砒素の鐘の音 そして煙
午後の五時
あらゆる曲り角に静寂はむらがる
午後の五時
意気さかんなのは牡牛だけだ
午後の五時
その時 雪の汗がにじんできた
午後の五時
その時 闘牛場は沃度におおわれ
午後の五時
死が傷口に玉子をうんだ
午後の五時
午後の五時
午後のちょうど五時かっきり

車輪つきの棺桶が彼のベッド
午後の五時
骸骨と笛が彼の耳に鳴った
午後の五時
彼の額の上でもう牡牛がいなないている
午後の五時
死の苦しみで部屋は虹色になった
午後の五時
早くも遠くからしのびよるガングレン
午後の五時
股の付け根にユリの花のトランペット
午後の五時
どの傷も燃えていた太陽のように
午後の五時
群集が窓々を叩き割っていた
午後の五時
午後の五時
ああ 午後のおそるべき五時!
あらゆる時計の五時だった!
午後の日かげの 五時だった!

                          (長谷川四郎訳)
キャッチと死
午後の5時。
それは午後5時だった。
少年は白いシートをもたらした
午後の5時。
ライムのバスケットと防止
午後の5時。
残りは、死と死だけだ
午後の5時。
風は、綿を吹いた
午後の5時。
とガラスとニッケル酸化物シード
午後の5時。
あなたは鳩とヒョウの戦い
午後の5時。
荒涼としたホーンと大腿
午後の5時。
彼らは、スネアの音を開始
午後の5時。
ヒ素の鐘と煙
午後の5時。
静かな隅のグループで
午後の5時。
と雄牛、心を一つアップ!
午後の5時。
雪の汗が来ていたときに
5時に、
広場はヨウ素で覆われていた時
5時に、
死は、傷口に産卵
午後の5時。
午後の5時。
午後5時で。
車輪の上の棺には彼のベッドです。
午後の5時。
骨とフルートが彼の耳に響く
午後の5時。
彼の額に牛を目以降は
午後の5時。
お部屋は、苦しみと虹色だった
午後の5時。
距離で壊疽は既に持っています
午後の5時。
緑のユリ英語のホルン
午後の5時。
傷は、太陽のように燃えていた
5時に、
と観客が窓を壊した
午後の5時。
午後の5時。
ああ、どのような午後のひどいfive!
それはすべての時計に5歳!
それは夕方の日陰で5時だった!

                            (スペイン語の原文を Google 翻訳)

Google翻訳の詩を天本英世さんが見たら、何と仰るだろうか?

番人は藤子・F・不二雄の[異色短編集]の『サンプルAとB』を連想しました。宇宙人がロミオとジュリエットの物語をリポートしたらどうなるか?という作品。

2011年9月26日月曜日

死んだ男の残したものは

1965年「ベトナムの平和を願う市民の集会」のために作られ、友竹正則によって披露された反戦歌。作詞は谷川俊太郎、作曲は武満徹。ポピュラーからクラッシックの歌手まで広く歌われている。

以上Wikipediaからですが、私は昨年YouTubeで長谷川きよしの歌を探していて初めて聞きました。 反戦歌ではあるんですが、その枠を超えた歌としての素晴らしさを感じさせてくれる長谷川きよしの歌唱、演奏に聞き惚れてしまいました。谷川俊太郎の詩の一部などに違和感はあるんですが、長く歌い継がれて欲しい楽曲です。



2011年9月24日土曜日

スペースデブリ

スペース・ジブリではありません。悪しからず。

NASAが20年前に打ち上げた人工衛星落下のニュースを見て思い浮かべたのは、水樹和佳の『伝説』。


ネタバレですが、世界連邦国家となった未来の地球が舞台。その礎を築いて亡くなった偉大な天才科学者が実は冷凍睡眠されていた。彼が長きに渡る眠りから目覚めるというニュースが報じられた、彼を崇拝していたはずの主人公たちは何故歓迎されるべき「目覚め」を阻止しようとするのか?






天才科学者は人類滅亡を企む異星人で、滅亡に至らしむ方法は…人類は宇宙へ出られない、地球に繋がれた囚人だ!と告げて絶望の淵に追い込み、その集団意識エネルギーによって地球を破壊するというもの。効果を最大限に引き出す為に異星人は地球に潜り込んで英雄となった。
宇宙開発へ乗り出す希望が満ち溢れるよう人類を先導した神の様に崇められる英雄が、それを打ち砕く。

といった物語で、人類が救われたかどうかは作品を読んでお確かめ下さい。


人工衛星落下のニュースでスペースデブリ、宇宙のゴミ問題も暫く取り上げられてないなあと思った次第。一時期は宇宙ゴミで衛星軌道上が埋め尽くされロケットの打ち上げなどままならない状態になるのでは?と言われてました。

掃除しないと、地球という「ゴミ屋敷」から出られなくなるかも。













2011年9月22日木曜日

鉄馬

番人の愛鉄馬は《ホンダR&P》1977年にリリースされた”原チャ”!家主から譲り受けたもの。古いだけでなく、メンテも殆どなされてなかった割に調子が良かったのだが、車の流れを邪魔しないようほぼフルスロットルで酷使したせいか先日、マフラーとエンジンの接合ボルトが一本折れてしまった。見た目はまだ大丈夫におもえたが、ボルト内部まで錆は侵攻していた模様。

他にも交換すべき箇所はあるのだが、なんといっても電装品が6Vなので、電球が手に入りにくいのが痛い。12Vのもので代用してるがヘッドライトは暗いしウインカーの点滅はゆっくり。電装パーツを集めて12V化したいものだが、貧乏暇なし、いつになることやら。

ちなみに家主の現在の愛鉄馬はベスパP200他。只今自ら改造中。その様子は近日中にブログUPされると思われます。木村勝一のココロはピカソに…たぶん(^_^;)

2011年9月19日月曜日

鵜飼いの様

散歩風景を見た家主の評。








鵜飼いと違って獲物は食べられてしまいますがね。もっとも、観賞用にも食用にもならない獲物ばかりなので、獲って来られても困りますが。

生後5ヶ月のチャオの体長は両親と変わらないくらいになりました。

2011年9月17日土曜日

徒労に終わ…らない

本日から”Guts2011Qajaq Meeting”がはじまりました。

初日は三沢市にある小川原湖にてチャリティーカヤック体験、トラディショナルロールレクチャーなどが開催されました。…たぶん(_ _;)。と言うのも、番人は朝からツリーハウスの清掃点検と鉄のツリーハウス制作。そして、参加された方々の疲れを癒す空中露天風呂を焚き、BBQとお泊りの準備をしていたので、イベントの様子はまったく分からないからです。

準備し始めた頃には小降りだったけれど、すぐに土砂降り(T_T)。それでも湯は汲み上げるばかりにして、ツリーハウスの補修をしながら、さあBBQの炭起こし!…という矢先、「土砂降りの中、濡れた荷物満載で移動するのは大変なので、ツリーハウス泊は中止!」との連絡が。”癒し”を提供するのが目的ですから致し方なしですね。

全国各地、最遠方は広島からの参加。更に遠くオーストラリアからの参加者もいらして、色々なお話が聞かれると思ったのに残念。ですが、この所忙しさにかまけて手を掛けられなかったツリーハウスの補修が出来た上に、久しぶりにゆっくり休めるのは嬉しい事。

”人間万事塞翁が丙午”とはよく言ったものです。

東日本大震災チャリティーイベント GUTS2011

GUTS2011明けて今日から開催。

一昨々日から参加者の方々がSlowBaseを訪問。昨日はインストラクターのヘレン・ウイルソンさんとオーストラリアからの参加者もいらっしゃいました。初日の会場は三沢市小川原湖で、宿泊はSlowBaseで宴会?二日目の会場は八戸市蕪島海浜公園で、宿泊は三沢市小川原湖自然楽校。

参加してはいませんが、少しだけお手伝いする番人。

2011年9月12日月曜日

恐怖のおともだち

ぶ~け・平成3年9月号に掲載された吉野朔実『いたいけな瞳』第15話のタイトル。この作品中で吉野朔実は「恐怖」を次の様に定義、分析している。

「”恐怖”の正体は理解不可能な対象に遭遇した時、人間の本能が知らせる警戒警報です。対象を理解し対処法を考える。対処できれば恐怖は消えます。」

10年前の9.11テロによって、米国は恐怖に陥れられたのか?それとも恐怖の渦に世界中を巻き込んだのか?

Wikipediaによるとテロルの語源は、フランス大革命末期のジャコバン派による恐怖政治体制より来ている。権力側の行為に名付けられたのが、その後、反体制側の暴力的手段を指すように変化していった。

アフガニスタンに侵攻したソ連に対する武装抵抗勢力の一つだったタリバーン。群雄割拠する抵抗勢力たちを強力に支援していたパキスタンを通じてCIAも援助を行っていた。ソ連が撤退した後には安定化のため米国などから支援された時期もあるが、意に沿わぬと見ればパキスタンにも圧力をかける。
致し方無いとも言えるが、ソ連侵攻時には世界中に報道されるも撤退後は尻すぼみ。「世界中から気ままに扱われて見捨てられる。」という”恐怖”が彼らの中にはあったのかも知れない。彼らの”恐怖”が9.11という”恐怖”を産み、それまでは国家間に定義されていた戦争が、「テロとの戦争」という名の”恐怖”の拡散をも含むものに広げられてしまった。

テロとの戦争が始まるまでの間 言論統制令が発令されたかのように、9.11の被害者や家族は正直な心情を吐露できない”恐怖”を味わったという。

”新たな警戒警報”が発令されている米国が”対処”できる日は来るのだろうか?

2011年9月11日日曜日

Eisen Tree House(鉄のツリーハウス)

只今製作中! Tree house made ​​of iron! es en español, "Casa en el árbol de hierroIn deutschen, "Baumhaus aus Eisen"  en français, "cabane dans les arbres en fer"










タイトルはドイツ語。「鉄のツリーハウス」を翻訳するとスペイン語、フランス語でも「Tree House」となり、「鉄でできたツリーハウス」を翻訳すると本文中のようになる。いらぬ講釈は置いといて、「かもめ」?に続く新作!何故鉄?何処にどうなる?


詳細は家主のブログが更新されるのを乞うご期待!!

2011年9月6日火曜日

Hoy en día la caminata

Siempre las niñas en el inicio de la caminata es una ciudad ruidosa. 
Nuestros tres perros se quedaría a discreción de cada uno.
Madre "Milk" es un poco dominio de sí mismo, a mayor edad del padre, "Monta" se esfuerza por ser el primer salto a cabo, sin siquiera quejarse reprender a la madre de su hija, sin ningún conocimiento como un padre. De cinco meses de edad, hija, "Chao", un egoísta, sino que es inevitable, los primeros diez minutos del pastor era muy agotador.

「今日の散歩」
いつも、散歩の始まりに彼女達は騒がしい。
三匹の犬達はそれぞれ勝手に走りだす。
母親である”ミルク”は少しは自制するが、年上の父”モン太”は我先に飛び出して、騒ぐ母娘を嗜めることもなく、父親としての自覚が皆無。生後五ヶ月の娘”チャオ”がわがままなのは仕方ないけれど、世話係の最初の十分間は非常に疲れるのでした。                (by Google翻訳)

久しぶりにスペイン語の辞書を片手に文章を書いてみましたが、時間が掛り過ぎて、始めの三行で挫折。しかも結構間違えたし(T_T)
というわけでGoogle翻訳でやってみました。後で読み直して勉強しようっと!(何時になるかは定かでないが…)

2011年9月1日木曜日

『かもめツリーハウス』

家主と共に新作ツリーハウス製作中!「海猫」ならぬ「かもめツリーハウス」。詳細は、多忙な家主のブログ木村勝一のココロはピカソにUPされるまでお待ちください。

写真は数日前のものですが、進捗状況は…完成間近!